中部デザイン協会 デザインの仕事場におじゃまします

第5回 中部デザイン研究所社長 舟橋辰朗氏

老舗といえば歴史と伝統を重んじることで有名です。このデザイン界に老舗という言葉を当て嵌めてみると、歴史と伝統に革新という言葉が加わります。今回はデザイン界の老舗の一つである中部デザイン研究所社長の舟橋辰朗氏を訪ねました。

工夫をした少年時代

舟橋さんは農家に生まれました。当時の農家は農作物を作ると同時にそれを作るための道具を作り、その道具を修理する道具も自分たちの手で作っていたそうです。仕事をより上手く仕上げるために道具もいろいろと工夫していました。おそらく現在よく言われるオリジナリティーがごく自然に日常化されていたわけです。そんな環境の中で育った舟橋さんは工夫することを自然に身につけていきました。
もともと絵を描くことや工夫して物を作ることが好きだった舟橋さんは、当時(昭和30年代)高校進学率が50%で、農家に生まれた者は高校へ行くなら農業高校へ、ということが当たり前の時代にその常識を打ち破って名古屋市立工芸高等学校(市工芸)の産業美術科へ進学ました。

市工芸時代

絵を描ける、工作ができると思って入学した市工芸で待っていたのは訳のわからない授業だったそうです。当時の市工芸は芸大出身の若い先生たちが時代の最先端の内容を教えており、かなりのレベルであったようです。
舟橋さんは市工芸で初めてデザインという言葉を知りました。しかし、授業の内容は新鮮で、自分に向いていると感じたそうです。

中部デザイン研究所入所

戦後の日本は産業育成が国の施策でした。このような背景から愛知県工業指導所(現在の工業技術センター)が設立され、初代所長に斎藤信治氏が就任しました。指導所の任期を終えた斎藤氏によって設立されたのが、社団法人中部デザイン研究所でした。当初官営という立場で企業のデザイン指導を行っていましたが、デザインが企業の物造りに貢献しなければならないと言う立場から、時代の流れに合わせて株式会社に発展していきました。
昭和34年に市工芸を卒業した舟橋さんは、市工芸のデザイン科長で、中部デザイン研究所の理事であった山口実氏の薦めで中部デザイン研究所に入所することになりました。デザイナー舟橋辰朗の誕生でした。 中部デザイン研究所は現在まで数多くのヒット商品を世に送り出してきました。そんな中で舟橋さん個人もその実績の結果として、工業デザイナーとして大変名誉ある国井喜太郎賞を受賞されています。

環境問題とライフワーク

時代はIT社会に突き進んでいます。中部デザイン研究所も21Cに向かって組織の変革を行っています。エコロジー・リサイクル・リユース・リダクションという環境問題、ユニバーサルデザイン・バリアフリー・ウェルフェアーと高齢化、コンピューターによるウェブ社会の到来など多くのテーマが存在しています。21Cにおける商品開発はどうあるべきかをクライアントとともに具体化をすすめているそうです。
舟橋さんは個人として数十年前から木を主材にした作品つくりを展開しています。環境に対して早くから関心を持っていた舟橋さんは木の持つ様々な可能性と生態系に与える重要性に着目していました。又、木という素材を通して感じる日本の木文化の風化傾向も懸念しているそうです。
デザインにおいて、マーケティング(ニーズ)という視点からの商品開発に対し、環境等を考えた自分らしさの表現としての物つくりをこれからコンセプトに位置ずけています。

デザインは世界を変える

舟橋さんは言う。21Cの諸問題に対して世界が共通の認識にたてる、そして世の中の貧困を改善し、物としての感動と同時に世界を幸せにできる行為がデザインだと思う。デザインは世界を変えることができる。そういう気持ちで来るべき時代を進んで行きたいと。


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